10代の子がおしぼりで顔を拭くサラリーマンを見て、「きたな~~~い!!ありえな~~~い!」って言う。
20代がもう自分はおばさんって言う。
30代が・・・ってもうこれは自分が新たなステージに突入した時に必ず言う「私もうおぼさんだから宣言あるある」。
これを聞いてその世代よりも上にいる人が「最近の若い子は・・・」って言うあるある。
これって永遠に行われるループ。今、おぎゃ~と産声を上げた赤ちゃんもいずれこのループの中に入っていく。
私ももれなくそのループの中にいました。
自分が全く潔癖ではない上に、時々他の人の基準とちょっと違うのか私?とドキっとするほどガサツなところがあるので、おしぼりサラリーマンのことはあまりどうとも思ったことはないのだけれど。
母親や父親の若い頃の写真を見たり、話を聞いたりするたびに、その時の私よりもうんとお洒落だし、「その時代をちゃんと謳歌してるな。」ってその時の両親のイメージとは違う姿に驚いたり面白かったりしてました。
一方で、万年ダイエット宣言をしてる姿や口ひげがたまに生えていたりする母親。高校時代、母が作ってくれたお弁当のご飯に髪の毛が入っていることがあったり(さっと取り除き、なかったものとして記憶から消し、お弁当は美味しくいただいていました。)と、どうして気づかないのかな!?!?どうして気にしないのかなって感じるできごともありました。
はい、とうとう来たんです。
どうして気づかないのかな?どうして気にしないのかな?と同じ行動をしている私が。
現在オーストラリアに住む私は、行動のほとんどを車でします。日本での私は、基本徒歩と自転車。歩くには遠いから自転車。自転車で行くには遠いから公共交通機関を使う。
それが本当にびっくりするくらい車の生活に変わってしまいました。単純に運動量が減っている、年齢による体重の増加はするが減りはしない現象のお陰で私も万年ダイエット宣言をしているし、口ひげも気を付けないと生えてるし、たまに夕飯のおかずに髪の毛を混入させてしまうことも。
更年期って半分冗談のように口にする時期を経て、本当に更年期のしんどさを感じるようになり、口ひげだって眉毛だってとっても気を使っているのに気づけないのは見えないからだってちゃんと気づきました。
私は強度の近視なので老眼は大丈夫かね~なんて思っていましたが、日常生活はコンタクトなしでは送れない。コンタクトをしていると近くの字が読めない。おかずもぼやける。私今何食べてる?遠くが見えないのは知っていたけど、近くが見えないってこういうことなのかと身をもって経験中。
私は裸眼になれば対象物にぐぐぐっと顔を近づければ見れます。なので毎朝裸眼の時に顔を鏡にぶつけるスレスレまで近づけて顔にある無駄な毛を確認できますが、近視ではない母が裸眼の状態で細かいことに気付けなかったのは無理もないなと心の底から理解できるところまでやってきました。
そんなところまで来たのだから、もうこうなったら自分が楽しくて好きなことに囲まれたい願望が沸き上がってまいりました。
50代を迎えてから始めたことが実はもう2つあります。そういえば、更に今日からスタートしたこともありました。なので全部で3つ。
ただ、最初の2つはまだどちらも私が望む形にまで辿り着いていません。3つ目はまだこれから本格始動なので未知数。
そんな日々の中、ふと頭の中に出てきたこと、新たに挑戦していること、新たに出会うもの、勝手に共有させていただきます。
「気づけば私も50代。」、どうぞよろしくお願いいたします。
りお